きっと、余りにもその顔が詰まらなさそうだったから。
 だから、そんな子供じみたことを仕掛けてしまったんだ。


「暑い」
 パイプ椅子に体を投げ出し、そう文句を言う彼。
 クーラーも扇風機もない文芸部室は確かに暑い。何もしなくても汗が浮き、シャツがところどころ体に張り付くほどだ。
 だからと言って彼のために何かしてあげることもできず、背もたれにもたれかかり天井を見上げる姿に、僕はただ苦笑する他ない。
「…なんだよ」
「え?」
「何笑ってんだよ」
「いえ、何でもありません。暑いですね」
 誤魔化しながら白のナイトを掴み、黒のポーンを盤から取り上げると、彼は明らかに納得していない表情で白のナイトを黒のビショップで盤から弾き出した。
「暑いって顔してないぞ」
「これでも結構汗ばんでるんですけどね」
 クイーンを斜めに2マス動かすと、彼の手が止まった。見上げると、長考というわけではなく、何か別のものに気を取られているようだった。視線を窓の外に据え、テーブルに投げ出していた下敷きを取ってぱよぱよ扇ぎ出す。
「この暑いのに、ハルヒの奴はどこほっつき歩いてるんだか」
「…そろそろ戻ってくる頃じゃないですか?」
 独り言のような彼の呟き。
 暑さのせいだ。こんな小さな呟きに、妙に苛ついたのは。
 本来、この程度の小さな呟きなら聞かなかったことにするのがマナーだろう。彼もそう思ったのかもしれない。ちらりと視線をこちらに向けたが…またすぐに窓の外に目を向ける。
「朝比奈さんならすぐ熱中症で倒れそうだって言うのに」
「…せっかく二人きりなのに、涼宮さんや朝比奈さんの心配ですか?」
「…」
 また視線だけがこちらを捕えた。

 その目が、その顔が、余りにも詰まらなさそうだったから。
 だから、僕はこんな子供じみたことをしたんだ。
 そう、だからだ。だからこれは嫉妬ではない。
 そんな愚かな、そんな恐れ多い感情ではない。…あってはいけない。

「…暑い」
「冷たいですね」
 唇が離れた瞬間、彼は僕から目をそらしてそう呟いた。濡れた感触が嫌なのか、手の甲で唇を拭う彼の頬は赤く染まっていて思わず笑みが浮かぶ。
「スリルがあると思いませんか?」
「は?」
「いつ涼宮さんたちがあの扉を開けて入ってくるかわからないのに」
 もう一度唇を啄ばむ。僕の真意を測ろうとしているかのようにじっと見上げてくる瞳に微笑み、更にもう一度。
「もし、こんなことをしているのがばれてしまったら…見つかってしまったら…そう思うと、下敷きよりは涼しいと思いますが?」
「…趣味悪いぞ、お前」
 涼宮さんが暑さにめげもせず、朝比奈みくる写真集2を作るのだと、日々着実に増えていくコスプレ衣装を抱えて部室から飛び出して行ったのは、大体1時間ほど前。
 キョンがいると邪魔だから、古泉君、邪魔しないように見張ってて、と言われ、二人きりになってから1時間。
 そろそろ戻ってきてもおかしくはない。
「別にキスの現場を押さえられなくてもいいんですよ。…この距離を」
 唇が触れるか触れないかの距離で、僕を写す目をまっすぐに見下ろしながら囁くと、彼はふっとかすかな溜息を零した。
 これ以前にも何度もキスをした。何度も抱き合った。その溜息も何度も聞いた。
 熱を帯びた、濡れた、何かを期待している、そんな吐息。
「僕も、貴方も、受け入れていることがばれてしまったら…」
 パイプ椅子から逃げられないように、彼の上に覆いかぶさり、言葉を紡ぎながら何度も唇を啄ばむ。
 ガツンと音がして、机上のコマが幾つか倒れた。身を捩った拍子に彼の肘がテーブルを突いてしまったらしい。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。…暑いし、いい加減にしてどけよ」
 赤くなった肘をとっても、言葉とは違い抵抗はない。彼の頬は赤く染まっていて目も僕を見てはいないけれど、それでも、彼は僕しか見ていないのもわかる。
 …彼が余りにも詰まらなさそうだったから…。
 じゃなければ、暑さのせい…。
「…すみません」
 赤くなったソコにも唇を寄せると、汗の匂いがした。
「…古泉」
「はい」
「お前…体温低いな」
「そうですか?」
「…ひんやりしてて、気持ちいい」
 何を思う間もなく、抱き寄せられた。
 肩から背中に、腰から背中に、それぞれ回された腕。肩口に押し付けられた唇。薄い布越しに触れ合い重なる胸。
 お互いの汗の匂いが近くなってくらくらする。
 ああ…彼の体温は、確かに僕より高い。
「でもやっぱ暑い」
「っ…」
 とん、と肩を押された。
 思わぬ行動の連続に、僕は情けなくもその場でたたらを踏んでしまう。
「…貴方は…」
 離れた瞬間に彼が見せた…やけに面白そうな目の色。
 思わず口についた言葉を聞いて、彼は更におかしげに目を細めた。
 もしかして…
「最初から…」
「たっだいまーー!あー暑かった!」
「ただいま戻りました〜…ふぅ、暑かったですぅ〜」
「…」
「古泉君、何してんの?そんなとこ突っ立って」
「あ、いえ…コマを落としてしまったので…。お返りなさい。首尾はいかがですか?」
 朝比奈さんと長門さんを従え、上機嫌に戻ってきた彼女に、慌てて微笑を浮かべ話題を流す。
 彼女にとってそれは大したことではなかったようで、こちらに向けていた怪訝な表情がすぐに満面の笑みにとって代わった。
「上々に決まってるじゃない!ふふ、これで長門有希の逆襲の製作予算5割は獲得できるわ!間違いナシよ!」
 ちらりと彼を見ると、数分前までの出来事などまるでなかったかのように、テーブルの上に転がったコマを指先で弄んでいた。
「…貴方には、勝てませんね」
「…ふん」
 鼻を鳴らして小さく笑い、僕の恋人は、手の中のコマをボードに戻した。
「チェックメイト」
 白のキングに、どうやら逃げ道は無さそうだった。



 きっと、余りにもその顔が面白くなさそうだったから。
 だから俺は、そんな子供じみたことを仕掛けてしまったんだろう。
 …多分な。


お題を古キョンそれぞれに当てはめることはできないだろうかと試行錯誤。
ちょっとキョン君が誘い受け過ぎたかな、と反省。

しかし、後悔はしていない!(帰れ


ちょっとわかりにくかったかもしれないので解説すると…
最初っから、キョンはいっちゃんをからかうために行動していた、とそういうこと、です。
…あああ、精進します orz

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