過去・現在・未来 

平和だなぁ。
一日の労働を終え、疲労困憊気味の体にむち打って乗り込んだ鮨詰め満員電車の中、痴漢に間違われぬようきつく胸元に鞄を抱きしめながら、俺は自棄のようにそんなことを考えた。

平和だなぁ。

今の状況に対しては少なからずも皮肉ではあるものの、しかしながら最近のオレの心情として間違ったものではない。

高校時代を波瀾万丈の大安売り、大バーゲン、赤字覚悟の大放出、閉店セールだもってけ泥棒!とばかりに非日常満載で過ごした俺だったが、大学を卒業し、二流と三流の狭間を行ったり来たりするような曖昧な商社に就職して3年。今の仕事にもすっかり慣れ、なんとか社会人と名乗ることに背筋をくすぐるような照れを覚えなくなった現在は、至って平和なものだった。

…涼宮ハルヒ?SOS団?

順を追って思い返そうか。どうせ電車が俺の降りる駅に着くまでまだ大分ある。
人間たまには過去に浸るのも悪くないし、なんと言っても…他に、することもないしな。

涼宮ハルヒ。俺から高校生活を平穏無事にのんべんだらりと目立たず騒がず大人しく、適当に当たり障りなく過ごす、という至上の目標を取り上げた、我らがSOS団の崇高神聖にして絶対不可侵の団長殿は、高校3年の1学期末に、あのでかい目をきらきら輝かせてこう言った。

『人間その気になれば何でもできるものなんだから!!今から死ぬ気で勉強してあたしとT大を受けなさい!!』
無理だ無茶だ無駄だ。
『やる前から何諦めてるのよ!だからあんたってダメなのよね。いい?あんただってやればそれなりにできないこともないんだからやりなさい!』
無理だ無茶だ無駄だ。

と。まぁ、その勢いに俺が逆らえるはずは勿論なく、その日から受験当日まで(本当に当日の朝3時までみっちりと)即席教師古泉センセイとハルヒ家庭教師様による授業が行われ…最初はE判定だったものがC判定まで持ち上がりはしたものの…まぁ、有り体に言えば落ちた。
しかし泣いてすがりつくお袋のため…というわけではないが、滑り止めとして一応は受けておいた某大学の文学部になんとか合格を果たし、高1の頃には想像さえしていなかったキャンパスに通うこととなったわけで。…これは一重に臨時教師二人のお陰だな。感謝感謝。

古泉と長門。
この二人も勿論、オレと同じくハルヒにたきつけられ(たからかそれ以外の理由かは知らんが)T大学に挑み、オレとは違ってあっさり合格。…ここでハルヒに関しては言わずもがなだろうよ。
オレたちの一個上にあたる朝比奈さんは、オレの大学よりちょぴっとばかりいい大学に入った。
未来には、SOS団が(実質)解散するまで帰らないのだそうだ。…そんな風に寂しげに思わず抱きしめたくなるような切なさで笑っていたのが無性に懐かしい。
ちなみに国木田は朝比奈さんと同じ学校。谷口は高卒で就職だ。
鶴屋さんも確か大学に行っているらしいが、本音を言えばよく知らない。

大学生活の間も、勿論サークル活動何ぞあの涼宮ハルヒがするわけもなく。となると当然SOS団の活動も、さすがに頻度は落ちたものの、土日祝日は通常営業していた。
市内不思議探索パトロールもしばらくは健在だったし?どころか古泉のアホたれが自家用車と免許証などという不必要且つ忌々しいものをまるで見せつけるかのように用意し、目を輝かせたハルヒがオレにまで免許の取得を要請しやがりまして、SOS団県境越え不思議探しツアーなどというやくたいもないイベントまでが産まれたりもしたものの…結局、それらが行われたのは、最初の1年だけだった。

別にキャンパスライフのお陰で全員の足が遠のいたなんてことがあったわけではない。
考えても見ろ、長門はハルヒが世界の中心。古泉は半分仕事(本音の部分で何を考えているのかは、つきあいが長くなった今でさえわからない)。朝比奈さんだってハルヒの観察日記を付けなきゃならず、オレは……まぁ、楽しかったしな。

さて、SOS団が実質解散した理由だが……おっと、過去に浸る余り時間を失念していた。車掌の潰した蛙のような社内アナウンスが読み上げる地名は、オレに降りなければならないことを思い出させた。
いつの間にか鮨詰めだった車内にも空間ができ始めていて、オレは小さく息を吐き出した。この息苦しい空間から解放される前祝いだ。
毎日毎日、ホント平和だぜ。

駅から脱出するための必須アイテム、定期入れをスーツの上着のポケットにねじ込み、曲げ続けていたため鈍く痛む肘を延ばしながら、今朝駅前の駐輪所に預けておいた自転車を受け取る。
鞄を籠につっこみ、夜道をこぎだして…さて、どこまで思い出したんだったか…ああ、そうそう。SOS団実質解散の件だったな。
答えは単純明快。ある時は名探偵、またある時は超監督、はたまたある時は編集長、そして我らがSOS団団長・涼宮ハルヒがいなくなったからだ。
勘違いするなよ?いなくなったと言っても、余りの無体ぶりにどこかの誰かに刺されたわけでも、アマゾン奥地から発見され、どこぞの実験室で放射能を大量に浴びた新種のウィルスを注入されたわけでも、事故にあったわけでも……回りくどいな。つまるところ、死んだりしたわけじゃない。
正確に言うと、日本国内からいなくなったんだ。
アメリカ留学。素晴らしい。

ハルヒは本当になんでもできる女だった。
大学入試はトップの成績でパス。(ついでに、長門は2位だったらしい。北高の校長もさぞや満足していることだろう。もしかしたら休日が増えるかもしれん。感謝しろよ後輩ども。オレの功ではないがな。)
大学の授業に関してはよく知らないが、古泉曰わく「さすがは涼宮さんですね」ということだ。
だから、あいつにそういった話がくるのは意外でもなんでもなかったわけだ。

教授からの打診が来たのが1年の夏。
それからハルヒはハルヒなりに悩みまくっていたらしい。
古泉も行きたかったのか、ハルヒ精神鑑定団としてハルヒが行きたがっていると見抜いたのか、自分も行くから行こうと何度も勧誘していた。オレからも行くよう水を向けてくれと古泉に頼まれたがオレがあいつに言ったのは
「お前の好きにしろ」
以上。

そして、その年のクリスマス。

すっかりおなじみになった長門のマンションで、SOS団クリスマスパーティーが開かれた。

ハルヒは、躁状態よりも更にハイになって騒いでいた。
サンタコスのSOS団三人娘と、トナカイの着ぐるみのオレと古泉。
三人娘が焼いたケーキと同じく腕を振るった豪勢な料理。
歌った騒いだ食った飲んだ。
ハルヒは防音なのをいいことに飛んだりはねたり走ったりこけたりと、子供のようにはしゃいでいた。

そして、最後に言ったんだ。

『アメリカのボストンで、SOS団アメリカ支部を作ってくるわ。決めたの』

星を閉じこめた、こぼれ落ちそうなほどでかい目に不敵な笑みを浮かべて。


決めたとなれば止める理由はない。
朝比奈さんは泣きながら笑ってた。
古泉は『勿論僕もお供します。…皆さんに会えなくなるのは寂しいですがね』と、やはり爽やかに…この時ばかりは演技に見えない寂寥を漂わせながらハンサムスマイルを浮かべていた。
長門は、やはり無表情だったが…それでもどこか寂しそうだったのは、気のせいではないだろう。
最後にオレだが…自分がどんな顔をしていたかなんてのはわからないね。
寂しくなかったなんて大嘘をついて死後に閻魔大王に舌を抜かれるのはごめんだが、妙に晴れやかな気持ちだったことは付け加えなきゃならんだろう。
どんなものであれ、新しい出発ってのは気持ちのいいもんさ。

送別会は3月の末に行われた。
ハルヒと古泉、そして、朝比奈さんの。
SOS団が事実上の解散に近しい状況になり、朝比奈さんは未来に帰ることとなったのだ。
『家族の都合で海外に行かなければならなくなったの。交通の便もないし、住所を教えたら、無駄だとわかってても期待しちゃうから。携帯の電波もないようなところ。…帰ってこられるかもわからないんです』とは、ハルヒ向けの理由だ。
これでハルヒが納得何ぞする訳がないが、朝比奈さんは最後まで口を割らなかっ
た。
困った顔で泣きそうにしていたけれど。ここまで隠し通したものを、今更言える訳がありませんしね。


さて、ここで長門に少し触れなければならないだろう。
ハルヒが国外に行くことになり、てっきりついていくものだと誰もが思っていたと思うが…意外なことに、そうではなかった。
『…行かない。涼宮ハルヒの観察は、私とは別の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスがあたることとなった。私の新たな任務は、あなたの保護』
行かないのかと尋ねたオレへの返答がこれ。
俺の保護って…おいおい、また朝倉涼子みたいなのが出てくるってことか?冗談じゃない!
『情報統合思念体の大部分は静観するという姿勢を現在も崩してはいない。でも、可能性はある』
その可能性のために…俺のために、長門は日本に残ってくれるのか。
『そう』
真っ黒の目が、迷惑?と5ナノグラム程の感情を含んでいる気がして、俺は微笑んだ。守る、なんて自分よりもずいぶん小柄な同い年(?)の異性に言われるのは情けないやら恥ずかしいやら…。
サンキュな、長門。
『…いい』


と、言うわけで。
日本には俺と長門が残ることとなった。
SOS団の活動が急になくなってしまうのが何やら寂しく感じてしまったり、高校時代3年間ほぼずっと埋まっていた休日が急にぽっかりと空いてしまうのが虚しかったりして、俺はよく長門を呼びだした。
最初は晩飯を一緒に食ってはハルヒを肴にしていたわけだが…段々と日中も出かけるようになるのに時間はかからなかったように思う。

ああ、これは忘れちゃいけないな。
長門は、高校を卒業する前後から、かすかながらも笑顔を見せてくれるようになっていた。
忘れもしない高1の12月18日から3日間の消失の最中に見た改変された長門のはにかんだような笑顔ほどではない。
顔の筋肉を3ナノほど動かすだけの、通常人ならばわからないほどの笑顔だが…勿論、俺を含めたSOS団の連中がわからないわけがない。

話がそれたな。
つまりアレだ。若い男女が二人っきりで飯食ったり映画見たり動物園に行ったりするのは、俗に言うデートと言う奴で、だが情けないことに、俺がそれに気づいたのは大学2年になり、長い夏休みが明けた9月の某日、うだるような暑さにやられ、講堂で溶けかかっている時に掛けられた、新しい友人の気さくで心温まる
『お前はいいよな。どうせ夏休み中彼女とデートだったんだろ?少しは幸せを分けろ!ということで今日の昼飯はキョンの奢りな』という台詞によって、だった。

『そうだそうかそうなんだ。ハルヒがいなくなってから続けていたからついSOS団活動の延長のようなつもりでいたが、これはデートだ。』
と意識してしまうともうダメだった。

もともと長門のことを嫌う要素など何一つあるわけがない。
それに…こっ恥ずかしい話だが、あの笑顔をずっと見ていたいと、俺は常々思っていたわけで…。
思い出す度に過去の自分にアッパーとボディブロウと上段蹴りと肘鉄とチョークスリーパーを同時に極めてやりたくなるぜ。全く、なんてへたれなんだろうね、俺って奴は。


それでも、長門との会合をやめることはできなかった。急にやめたらまた寂しいやら虚しいやらなネガティヴにとりつかれるだけだし、長門だって不審や不安を感じるだろうし、何より、俺が会いたかった。

だが、尋ねずにもいられず、一度だけ聞いたことがある。
…俺に呼び出されるのは、迷惑じゃないか?
『ない』
迷いのない声でキッパリと否定した長門は、伺うように俺を見上げる。

急に何?

ちょっと気になっただけだ。どこかのバカハルヒ並みに呼び出しを掛けている気がしてな。
…折角の休日に俺なんかに付き合わせるのは迷惑なんじゃないかと思ってさ。
長門は暫く俺を見つめていたが、ややあってからまた小さく唇を開いた。
『ない』
そうか。
『そう』
…そうか。
『そう』
…サンキュ。
『…いい』

その年のクリスマス、俺は小さな緑色の石のついた銀のペンダントを買った。
勿論自分のものなんかじゃぁない。当たり前だ。
クリスマス当日、綺麗に包装してもらったソレをポケットに突っ込んでから、長門に渡すまでの間の記憶はほとんどない。なんとなく映画を見て、図書館をぶらつき、飯を食ったヴィジョンは残ってるけどね。
その、晩飯のとき。こぎれいなレストランでペンダントとともに差し出した言葉は、きっと死ぬまで忘れられないだろう。

お前が、好きだ。



しかし、長門はこのとき何も答えなかった。
ただ、小さく「そう」と言ったきり。
無表情もそのまま。

ただし、俺やSOS団団員及び団長以外が見た場合、だ。

長門は視線だけで中に入っているものを把握するようにペンダントの包みを見つめ、それ以降、俺を見ようとはしなかった。

「…付き合わないか?長門」
「………その要請は、応じかねる」
硬質ガラスででもできているかのような強い視線で手の中の包みを見下ろしながら、長門はほんの少しだけ唇を開いた。
「俺の事、嫌いではないよな?」
そのくらいの自信はある。決して自惚れではないはずだ。
長門はやや躊躇うような沈黙を保つだけだった。 無表情の仮面は俺を拒絶しているつもりなのかもしれないが、俺ほどにお前の表情を読める奴は他にいないんだぜ?
「情報なんたらのインターフェイスだから付き合えないとか言うのはなしだぜ?俺はそれをひっくるめて…その、好き、だからさ」
我ながら恥ずかしい台詞だ。ちなみに、今現在の俺は25になるわけだが、未だにこの台詞が過去を振り返って恥ずかしさにのた打ち回れる台詞No1に堂々と鎮座ましましている。
「…それだけではない。………涼宮ハルヒ」
それ以降、長門は口を開かなかった。



涼宮ハルヒ。
宇宙人や未来人や超能力者を適当な選別からぴたりと拾い当ててしまった面白いことが大好きな、自立進化の可能性で時空のゆがみで神様な、ボルトの2,3本抜け落ちた歩く原子力発電機。
そいつに関した話の結び言葉に、宇宙人や未来人や超能力者が異音同意で言う台詞。
貴方は涼宮ハルヒの鍵。


俺は遠まわしながらもストレートに、振られたことになるんだろうか。

それから暫く、俺は長門を呼び出すことに躊躇いを覚え…年の瀬を迎えた。
階下から響いてくる紅白の歌声を聴きながら、高校生活の間及び短かったものの大学生活の頭も含め、ハルヒとの付き合いを思い返してみる。

嫌われていた、という感覚はない。
当たり前だ。逆に言えば相当好かれていたのではないかとも思わなくもない。
あの忌々しい灰色空間の内側で、すりーぴんぐびゅーてぃーだのしらゆきひめだのの真似事をした記憶だってなくなったわけでもない。

だがな。あいつは『恋愛感情なんてはしかみたいなもんよ!』と豪語する女だぞ!


…正直な話をしよう。
俺は、そりゃ…少しは、涼宮ハルヒという女をソウイウ対象だと思っていたこともある。意識して、人並みにドキドキして、ハルヒのわがままに振り回されることに疲れつつも楽しいと感じていたこともあるさ、あああるさ。
だがな。俺は気づいちまったんだ。重大で単純で明快な事実って奴に。

あいつは、俺にとって、手のかかる姉弟みたいなもんだってさ。

気づいちまったら、胸のトキメキとか?異性としての意識とか?そんなもんは1億光年の彼方にすっとんだね。すがすがしいほどに晴れやかな気持ちだった。
つまり、俺がハルヒを日本からすがすがし〜く送りだせたのも、ひとえに兄弟の門出を喜んでやっていたってことさ。
気づいたのはいつだったか、なんてのは定かじゃあないが間違いなく高校生のときだ。SOS団の部室だったことだけは確実だ。

だからな。
仮に100光年くらい譲って、日本に帰ってきたハルヒが『キョンが好き』なんてアイツらしくないことを言ったとしても、俺はそれを受け入れることなどできないんだ。

それに、と除夜の鐘を聞きながら、ハルヒの不敵な星を閉じ込めたでかい瞳と、にんまりと笑った口元を瞼の裏に再生してみる。
高1の頃ならともかく、今のハルヒはそこまで無体じゃないだろう。

自分の思い通りにならなくても世界を消滅させたりはしないだろうし、閉鎖空間だって作らないんじゃなだろうか、という気さえする。
それは俺が自分に都合のいい解釈をしているから、かもしれない。

だが…。


俺はその晩、初めて国際電話の番号をダイヤルした。






結果は、実に拍子抜けするものだった。

『あたし今、古泉君と付き合ってるのよね!』









そこまで回想したところで、自転車は現在の自宅であるマンションにたどり着いた。
指定の駐輪所に愛車を突っ込み、鞄を手にハルヒと何度もすり抜けたのと同じセキュリティに、今は堂々と鍵を使って入り込む。
テレビを見ていた管理人のじーさんに挨拶し、エレベータで6階の自室へ。
それなりに広い通路を通り、俺の苗字の書かれた表札のある部屋の扉を開く。

「ただいま、有希」
「…おかえりなさい」

長門………こほん。
有希は、待ち構えていたように扉の向こうに立っていた。俺をいつもの黒曜石のような瞳で見上げてかすかに、本っっ当にかすかに微笑む。

「だから、待ってなくていいって言っただろ?安静にしてろって」
「…問題ない」
「俺がひやひやするから、座っててくれ」
「……わかった」

有希の腹には、今俺の子供がいる。
長…有希曰く、身体の作り自体は人間と相違ないということらしく、妊娠も出産も問題ないということだった。
ちなみに、どんなマジックを使ったのかはさっぱりだが、長門有希という戸籍は存在していた。だから、俺の戸籍には、現在俺の名前と有希の名前が二つ並んでいたりする。…改めて考えると照れくさいね。

古泉とハルヒはアメリカで挙式した。
勿論俺と有希も列席し、ハルヒプロデュースのハルヒらしい披露宴とガーデンパーティを堪能した数ヵ月後に、俺たちも式を挙げた。
ハルヒに『有希を不幸にしたり泣かせたりしたら死んだほうがマシ級の罰ゲーム1万回の上、死刑だからね!!』と披露宴の友人代表での挨拶で、マイクを通した怒声というもはや騒音の域を超えた音量で言われている。…が、言われるまでもない。

有希の腰に手を回し、転んだりバランスを崩したりしたら即支えてやれるようにスタンばりながらリビングへ。
テーブルには、既に晩飯の準備がなされていた。美味そうな匂いに俺の腹の虫が食料を催促し始める。全く、現金だな。
綺麗にあつらえられた有希の料理を見ると、いつかの豪快なレトルトカレーを思い出さずにはいられない。結婚してから暫くの間はレトルトだったりレトルトだったりレトルトだったりしていたのだが、2ヶ月目くらいからだったかな。いきなりどこのプロが作ったものかもわからないような料理が並んでいたときには驚いた。
『…わたしが作った』
一体どうしたんだと聞いた俺に、有希は…ほんの少し照れくさそうに答えたもんだ。
根気よく聞きだした結果、手料理を作ってやると男が喜ぶ、というような情報をどこかから仕入れたらしい。
それ以来、有希は毎晩どころか弁当まで、全て手料理で作ってくれている。
時々は手抜きしてもいいんだと言っても聞かない辺りが少々玉に瑕というか…贅沢な悩みだよな、我ながら。

懐古に浸る俺の目の前に、茶碗に盛られた白米が差し出される。
「…食べて」

勿論、断る理由なんかない。

俺は有希の作った料理に舌鼓を打ちながら、彼女と、彼女の腹にいるまだ見ぬわが子を視界に納める。


平和だなぁ。
…そして、限りなく、幸せだ。


今日回想して俺が噛み締めたのは、過去もまんざらでは…言い直そう。過去も常に楽しく且つ幸せで充実していた。

そして、家族が増える予測ができそうでできない未来も、きっと幸せで楽しく、明るいものになるんだろうということ。



俺の考えを読んだように、有希はまた俺を見つめながら小さな小さな微笑みを浮かべた。

キョン長。
古キョンと同じくらいの萌えカプ。

小説はやっぱりリハビリが必要だ。